東京から長野に転勤して来た私が、初めて上伊那郡辰野町の川島〜小野エリアを訪れた時、大自然のパノラマの前でとても暖かく心地の良い陽差しを感じました。「あぁ、なんて気持ちが良い場所だろう」
私は、東京杉並の三河屋という酒屋の一族に生まれました。(サザエさんに出てくる、あの三河屋さんと同じです。)
そのため、法人化した檜家重太郎商店のロゴは三河鈴木氏の家紋(稲の束)を使っています。
少し前の私の経歴です。
2016年7月
埼玉県で有機肥料を使い無農薬で稲作をしている農家さんで2年間の修業をさせていただくことになりました。しかし、そこで有機栽培の厳しい現実を知ることになります。
先ず、播種では種籾を浸水後に脱水してから放置したので、芽が伸びて絡まり播種機から種籾が落ちません。
苗はヒョロヒョロで真っ黄色、伸び方もまったく揃っていませんでした。
田植えは、近隣よりもかなり遅れて移植したので、出穂時にはパイプラインが止まって水がありません。
カメムシには刺され放題、雑草だらけでコンバインが詰まり壊れます。
籾はイボクサの水分でベチャベチャな上に雑草の種だらけ、乾燥時間も長く籾が割れました。
乾燥後は一度の色彩選別ではとても打ち切れず、JAさんの検査では等級が付かず、当然、胴割れ規格外となりました。
また、近隣の農家の方々からの視線は耐えられないものでした。
いずれ自分のやり方でやるしかない!この2年間で出した結論でした。
2018年7月
東京日本橋にある穀物商社に転職。勤務先では、全国の農家さんを訪問させていただき、また、ASIA.GAP指導員資格なども取得させていただきました。
2020年1月
長野県にある子会社へ転勤願いを出しました。
「なぜ、長野県のコシヒカリはこんなに美味しいのだろう?」
それまで他県のブランドコシヒカリを食べていた私は、長野県産コシヒカリのみずみずしさと食味の良さに驚き、その理由が知りたいと考えたのです。
その後、転勤願いは無事に叶いました。
2021年2月
私の考えた配合成分と被覆タイミングで設計した肥料の試験栽培をすることになり、会社の許可を得て諏訪市にコシヒカリの試験圃場を確保しました。秋には、その収量の多さと玄米の出来栄えに、それまで口火程度でしかなかった私の探究心が燃え始めました。
2022年1月
辰野町川島〜小野エリアの田んぼ約1ヘクタールを個人としてお借りしました。
そして、勤務先の「伝統食品を未来に」という素晴らしい理念を私の信念とさせていただき、諏訪市の公設市場内での早朝勤務へと職場を変え、一農業者として社会に貢献していくと決心したのです。
このようにして、勤務していた会社の皆さま、近隣の農家の皆さま、役場の皆さま、JA全農長野さま、JA上伊那さま、その他の関係者さまからの手厚いご支援の下に神話農産はスタートしました。
私をこの地へ引き寄せてくれた大自然のやさしく清々しい事象の全て(八百万の神々の行為?)、そしてご支援くださった皆さま方への感謝が尽きないのです。
最後になってしまいましたが、このWEBサイトをデザイン制作しプレゼントしてくれた東京の友人にも深く感謝しています。
「ありがとう!」
孫子の五事「道・天・地・将・法」を基にしています。
1. 道 作物に感謝し、大切に扱うこと
2. 天 ご神仏に感謝し、自然の摂理を注意深く観察すること
3. 地 先人が守った農地に感謝し、その維持と改善に努めること
4. 将 先人の知恵に感謝し、常に探究心を持つこと
5. 法 行政や地域の方々に感謝し、秩序を守り協力すること
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